大判例

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新潟地方裁判所 昭和34年(わ)48号 判決 1963年11月27日

被告人

相田一男

外四名

主文

被告人清野建一を懲役四月に、同桑原時男を懲役参月に処する。

右被告人両名に対し、この裁判確定の日から壱年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人小杉義視、同立石梅吉、同小師政悟、同渡辺清人、同石塚恒男、同奥田利夫、同藤塚昭一、同高崎今朝五郎、同鶴巻長人、同清野清美に支給した分は被告人清野建一の、証人西村清一郎の第二四回、同坂口末松の第二九回、同遠藤繁の第三一回公判出頭に要した費用、同犬飼和子、同牛木百代に支給した分を除きその余はその二分の一ずつを被告人清野建一、同桑原時男の負担とする。

被告人相田一男、同神谷秀吉、同阿部時雄は無罪。

理由

(目次)

(被告人等の経歴、地位)

(本件発生までの一般的な経緯)

一、主として団体交渉の拒否について。

二、国労新潟地本の分裂について。

(新津電修場事件)

一、経緯

二、罪となるべき事実(被告人清野建一関係)

(新潟電務区事件)

一、経緯

(1)  国鉄近代化五ケ年計画による電話の自動化と国労新潟地本の態度

(2)  電務区長坂口末松と分会書記長遠藤繁との殴り合い事件

(3)  組合掲示板の壁新聞(ビラ)の剥ぎとり事件

(4)  国労新潟地本の五月一九日の抗議申入れ

(5)  国労新潟地本の五月二〇日の抗議申入れ

(6)  長谷川義二助役の逮捕連行事件

二、罪となるべき事実(被告人桑原時男、同清野建一関係)

(証拠の標目)

(確定裁判)

(法令の適用)

(新潟電務区事件の公訴事実中犯罪の成立を認めない部分についての判断)

一、長谷川義二が電務区長室より新鉄局西門を経て同局北門に至り、同所に待機していた自動車に乗車し発車するまでの被告人等五名の右長谷川義二に対する所為につき逮捕罪の共同正犯が成立するかどうかについて。

(一)  動機、目的の正当性の有無について。

(二)  手段、方法、程度の社会的相当性の有無について。

(1) 当該行為にでること自体の必要性(手段、方法自体の情況上の相当性)について。

(2) 手段、方法の程度上の社会的相当性の有無について。

(三)  行為により保護しようとする法益と行為の結果侵害される法益との対比。

二、被告人相田、同神谷、同阿部が被告人桑原、同清野両名の長谷川義二に対する判示逮捕罪(新潟電務区事件中罪となるべき事実)につき共同正犯としての刑事責任を負うべきであるかどうかについて。

(訴訟関係人の事実上および法律上の主張に対する判断)

(被告人等の経歴、地位)

被告人相田一男は昭和一四年に国鉄越後赤塚駅の駅手として入社し、国鉄労働組合(以下国労と略称する)結成後同組合に加入し、昭和二五年に同組合の組織改変により国労新潟地方本部(以下地方本部は地本と略称する)が設けられると、その執行委員になり、昭和二八年には同地本副執行委員長になつたが同年の年末斗争で公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)違反を理由に解雇通告をうけ、その後昭和三一年以降本件当時(昭和三三年二月ないし五月当時)同地本執行委員長をしていた者、被告人神谷秀吉は、昭和一四年に国鉄糸魚川駅の駅手として入社し、昭和二一年に国労に加入し、昭和二七年から三〇年まで新潟地本の執行委員、昭和三一年頃に同地本の副執行委員長となつたが、昭和三二年の春斗で公労法違反を理由に解雇通告をうけ、本件当時新潟地本の副執行委員長をしていた者、被告人桑原時男は昭和一六年に国鉄来迎寺駅に駅手として入社し、国労結成と同時に同組合に加入し、昭和三〇年以降本件当時新潟地本の執行委員をしていた者、被告人清野建一は昭和一四年に国鉄新津電修場に技工として入社し、昭和二三年国労に加入し、昭和三一年に新潟地本執行委員となつたが、昭和三二年七月の斗争で公労法違反を理由に解雇通告をうけ、本件当時同地本執行委員をしていた者、被告人阿部時雄は、昭和一五年国鉄直江津機関区に庫内手として入社し、昭和二一年国労に加入し、昭和三二年七月斗争で同月公労法違反を理由に解雇通告をうけ同年九月以降本件当時国労新潟地本執行委員をしていた者である。

(本事件発生までの一般的な経緯)

一、主として団体交渉の拒否について。

昭和二四年六月一日から公労法が施行され国労を含む公共企業体の労働組合の争議行為は禁止されたが、争議行為を禁止した代償的制度として設置された調停仲裁制度が円滑な運営を欠いていたこともあつて、国労はその要求を貫くために幾度かいわゆる「実力行使」を行つた結果、国労は役員から多くの解雇者を出すこととなり、昭和三二年春斗以後国労本部の三役がいずれも解雇者となつたことから、国労の公労法上の組合適格が問題となり、国鉄側の団交拒否の問題に発展するに至つた。当時の新潟地本は執行委員長被告人相田一男、副執行委員長被告人神谷秀吉、書記長大滝保の組合三役がいずれも解雇職員であつたため、新潟鉄道管理局(その後新潟支社と改称。以下新鉄局又は局と略称する)は国鉄本社よりの昭和三二年八月五日付通達に基き右組合適格上の違法状態が解消しないかぎり団体交渉には応じない方針をとるようになり、その後昭和三三年一月二七日いわゆる藤林あつせん案受諾の是非を決定するため開かれた国労の静岡大会において新潟地本代表者が広島、門司、東京の各地本代表と共に右あつせん案受諾反対の態度を表明してから局側の態度は一層硬化し、昭和三三年二月五日新鉄局長河村勝名をもつて新潟地本に対し事実上の話合も含め以後一切の話合いに応じない旨通告し、同時に各現場長に対しても、その旨の通達を行つた。

二、国労新潟地本の分裂について。

国労新潟地本は昭和二五年に国労の組織改組により発足したものであるが、昭和三二年当時は全国各地本の中でも比較的強い力をもつたものと目されていたが、同年七月九日に同地本執行委員の中村満夫、高橋昭二の春期斗争処分に反対して行つたいわゆる新潟七月権利斗争が結局多くの犠牲者を出して終了したのが契機となつて、同地本の組織の動揺が始まり、同年八月二四日第二組合結成準備会が開かれ、翌九月一日同組合は国鉄新潟地方労働組合(以下これを新地労または第二組合と略称する)として正式に発足するに至り、ここに国労新潟地本は分裂することとなつたが右新地労はその後局側の援護のもとに次第に所属組合員数を増加していつたため、国労新潟地本は組織内部においても極めて憂慮すべき事態に立ち至つた。

(新津電修場事件)

一、経緯

新潟地本新津支部新津電修場分会は新潟県新津市下興野字腰廻三五〇番地の二所在新津電修場(以下単に電修場と略称する)に設けられている国労の分会であるが、同分会においても、昭和三三年一月二八日第二組合(一一三人の職員中一九人)が結成されたため、組合分裂の実情調査、分裂組合員の国労への復帰説得のため、国労説得員等による電修場への出入が頻繁となつたのであるが、局側は右国労説得員等の電修場への出入りを禁止し、局長河村勝の指令のもとに、場長の要請により、鉄道公安職員(以下公安官と略称する)を出動させてこれが阻止に当らせ、勤務時間内であると否とを問わず、電修場内に立入つた国労説得員は公安官をして実力で場外に排除する挙に出たことから、同年二月以降殆んど連日にわたり国労組合員と公安官との間にもみ合いを生じ、公安官の右労働紛争への実力介入は局側と国労新潟地本との間に特に険悪且緊迫した対立関係を惹起するに至つた。

二、罪となるべき事実(被告人清野建一関係)

被告人清野建一は、

(一)  昭和三三年二月一三日午後五時頃、第二組合員を説得するため、新津市西善道鉄道公舎街内若月良作方前附近の道路上を新津電修場方向に歩行中、たまたま電修場長立石梅吉外一名と共に帰宅途上の同電修場事務助役小杉義視に出会つたので、右場長は赴任して間もないことから、前記公安官による国労説得員の入場阻止は、同助役の意向に基くものと考えていたので、この際同人に右電修場への公安官出動について抗議しようと考え、「ちよつと待て」と云つて、右小杉の肩を右手で押してその歩行を制止したのち、「ばか野郎、公安なんか呼びやがつて」といいながら、同人の肩附近を自己の肩で押し、更に逃げる同人を追い、再び自己の肩で同人の上半身を押したり、足踏みするようなかつこうで、同助役の腿の辺りを膝で小突くなどの暴行を加え、

(二)  翌一四日午前九時三〇分頃、前記電修場二階の場長室で、同所にいた右小杉助役に対し、「この野郎、ここに居やがつたな。公安を呼びやがつて」などと云いながら、同人の胸元をつかんで小突いたうえ、これを後ろに突き放すなどの暴行を加え

たものである。

(新潟電務区事件)

一、経緯

(1)  国鉄近代化五ケ年計画による電話の自動化と国労新潟地本の態度

国労新潟地本新潟支部新潟電務区分会は新潟市流作場元新洲二四九〇番地所在の新潟電務区(以下単に電務区と略称する)に設けられている国労の分会であるが、昭和三一年一一月頃、国鉄近代化五ケ年計画の一環である電話の自動化計画が明らかにされて以来、新潟地本はそれに伴う人員削減や配置転換等の問題でその頃から昭和三二年七月二日頃までの間に約一〇回にわたり局側と団体交渉を行つたが妥結せず、その後局側は前記のごとく新潟地本との団体交渉を拒否するようになつた。他方同年九月一日新地労が結成された後は右新潟電務区の電話自動化問題は、新潟地本との話合は断たれたまま、局側と新地労との話合ですすめられ、同年五月一二日局側は新地労との間に新潟電務区自動化問題につき、同月一九日から鉄道教習所と秋田で右電務区電話掛の養成を行い、同年八月一杯で自動化を完了する旨を取極めたが、局側のこの態度に対して国労は強く反対し、新潟電務区分会は同年五月一四日から三日間抗議集会を開き、同月一六日には、同電務区長坂口末松に対して交渉方を申し入れたが、同区長はこれを拒否したばかりでなく同月一六日から三日間に亘り職員を集め、右講習を受けるように訓示した。

(2)  電務区長坂口末松と分会書記長遠藤繁との殴り合い事件

同年五月一八日、同区長が出勤後同電務区休憩室に行つたところ、電信係で同分会書記長の遠藤繁が同所で組合員四名位と話し合いをしていたのを認め、遠藤に早く仕事をするように命じ、更に、同人が右休憩室を出ようとする後について行つたので、同人が区長に対し、「尾行するな」と言つたことから口論となり互に殴り合いの喧嘩となり共に負傷し入院するという事件が発生した。

(3)  組合掲示板の壁新聞(ビラ)の剥ぎ取り事件

そこで同電務区分会は、同日午後二時頃同区長が遠藤繁に暴力を加えたことを憤慨し電務区内の同組合の掲示板に、「坂口、国労役員に暴力ふるう」という見出しで

「本日総点呼後から、書記長遠藤君の業務上の連絡行動に対し尾行をつづけた。これを排除しようとすると、坂口は突然『やる気か!!』と左ほほに一発くらわした。遠藤君は専門医の治療を受けた結果、『本日は静養が必要である。なお三日間は治療を要する』と言われた。われわれはこのような暴力区長のもとでは安心して作業をつづけてゆくことはできない。坂口にはもはや区長の資格はない。坂口は即刻責任をとれ!!

一九五八年五月一八日 分会委員会」

という内容の壁新聞一枚(縦約七〇糎、横約五〇糎、以下ビラと略称する)を掲示した。電務区助役長谷川義二はこのビラをみて同日夕刻、電務区長、局長、労働課長西村清一郎等にそのビラの内容を報告し、局長からそれを剥ぎ取り保管しておくよう命令をうけ、翌一九日午前七時四五分頃右ビラを組合側に無断で剥ぎ取つた。

(4)  国労新潟地本の五月一九日の抗議申入れ

同日午前八時四五分頃電務区分会委員長和澄吉男と新潟支部副委員長の島田忠雄がビラを返せと長谷川助役に抗議し、更にその後委員長の被告人相田、同桑原外一四、五名の組合員が、区長代理として電務区に来ていた新鉄局電気部総務課長山田美太郎に対し、区長が遠藤を殴打したことにつき抗議したが同日午前九時一五分頃一二、三人の公安官により実力で室外に排除された。

組合側は右殴打事件と共に新鉄局側が組合掲示板の掲示物を一方的に剥ぎ取る行為は組合活動への介入行為であり、これを容認することは、将来当局側の組合活動への介入を許すことになるとしてこれを重視し、右剥ぎ取られたビラの返還を局側に求めるために、下部の組合分会などに組合員の動員指令を出した。

(5)  国労新潟地本の同月二〇日の抗議申入れ

翌二〇日午前九時過頃、被告人神谷、同桑原、同清野、同阿部は、ほか数名の組合員と共に電務区長室に赴き同所にいた長谷川助役に対しビラの返還を求めたところ、同助役が労働課々長補佐菅野兵衛からの指示もあつたので、今後貼らないと約束すれば返す、と回答したのでこれと言い争いをしていたところ、被告人相田外一四、五名位の組合員が同区長室に入室し、それと前後して前記山田区長代理も入室した。その後被告人相田から山田区長代理に対して、剥ぎ取られたビラの返還、区長の暴力行為の謝罪、職場の明朗化等につき要求をしたが、同区長代理からは、ビラは再度貼らぬと約束しなければ返せぬこと、話合はできないこととの回答があり、かつその方針は局長の命令によるものであることが説明され、双方で押問答となつた。

(6)  長谷川義二助役の逮捕連行事件

その押問答が繰返されているうちに被告人相田が「返さなければ、泥棒の現行犯だから警察に連れてゆけ」と言い被告人神谷、同桑原、同清野、同阿部は他の組合員と共に同助役を室外に連れ出そうとしたが他の助役等に阻止され、このような状態を何回か繰返すうち、同日午前一〇時四〇分頃被告人桑原が同助役の左腕をひつぱり、被告人清野、同阿部及び他の組合員が同助役をとりかこむ様にして共同して室外に連れ出し電務区西門から構外に出て、同区北門に至り同所に待機していた東新タクシー運転手佐藤勤の自動車に同人を乗せたのち被告人桑原が乗車し次いで同清野が乗車したがその間被告人相田、同神谷等は当局側との間でビラの返還につき交渉を重ねていた。

二、罪となるべき事実(被告人桑原時男、同清野建一関係)

被告人桑原時男、同清野建一は、同年五月二〇日午後零時二五分頃、新潟市流作場元新洲二四九〇番地所在新鉄局北側の同局北門附近道路上で、前記のように国労電務区分会の掲示板から同組合のビラを剥いだ同電務区助役長谷川義二を警察に同行するために、前記東新タクシー運転手佐藤勤の自動車に右長谷川助役と乗車して待機していたが、地本執行委員高橋敏男から「おい自動車を出発だ」と発車の合図が発せられ、被告人相田、同神谷等の前記ビラ返還についての当局側との交渉の失敗を知り、互に意思を相通じ、右長谷川を同市白山公園内在所の労働会館に連行しようと考え、被告人両名において左右から右長谷川の腕を押え、被告人桑原が労働会館に行くように右運転手佐藤勤に命じ、同車を同所から発車させ、更に長谷川が「労働会館にいかない。降ろせ。」といつてさわぎ出すや、被告人桑原はその両腿を、同清野はその上体を抱え、横だきにするなどして、市道の通称貯金局前道路を西進し、同市昭和橋通りを同橋東詰まで運転させ、以つて右長谷川義二を不法に逮捕したものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人清野は昭和三八年一月一六日新津簡易裁判所で、道路交通法違反罪で罰金二、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年二月三日確定したものであつて、その事実は前科調書によつて認める。

(法令の適用)

判示罪となるべき所為中被告人清野建一の暴行の点は、いずれも刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人清野建一、同桑原時男の逮捕の点は刑法二二〇条一項、六〇条に該当するところ、被告人清野建一につき判示の暴行罪につき所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、同法四五条前段、後段によれば、以上の各罪と前記確定裁判のあつた道路交通法違反罪は併合罪の関係にあるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪につき更に処断することとし、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示逮捕の罪に法定の加重をし、その刑期範囲内で被告人清野建一を懲役四月に処し、被告人桑原時男については所定刑期の範囲内で同被告人を懲役三月に処し、情状刑の執行を猶予することが相当であるから、同法二五条一項を適用して被告人清野建一、同桑原時男に対し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して訴訟費用中、証人小杉義視、同立石梅吉、同小師政悟、同渡辺清人、同石塚恒男、同奥田利夫、同藤塚昭一、同高崎今朝五郎、同鶴巻長人、同清野清美に支給した分は被告人清野建一の、証人西村清一郎の第二四回、同坂口末松の第二九回、同遠藤繁の第三一回公判出頭に要した費用、同犬飼和子、同牛木百代に支給した分を除きその余はその二分の一ずつを、被告人清野建一、同桑原時男に負担させる。

(新潟電務区事件の公訴事実中犯罪の成立を認めない部分についての判断)

本件(前記新潟電務区事件、以下同じ)公訴事実は、「被告人相田一男、同神谷秀吉、同桑原時男、同清野建一、同阿部時雄は共謀の上、被告人桑原、同清野、同阿部、同神谷において昭和三三年五月二〇日午前一〇時四〇分頃、新潟市流作場元新洲二、四九〇番地所在の新潟鉄道管理局新潟電務区長室で、同電務区助役長谷川義二(当四六年)の両腕を左右から掴む等により同人の身体を拘束し、同区長室から同局西門附近道路を経て、同局北門附近道路上まで連行し、更に予め用意した乗用自動車(新五あ一、五二三号)内に強いて乗車せしめた上、被告人桑原、同清野においてこれに同乗し、同市下所島所在昭和橋東詰附近まで連行し、以つて右助役長谷川義二を不法に逮捕したものである」というのであつて、前判示のごとく長谷川義二が電務区区長室より連れ出された以後、自動車に乗車し昭和橋東詰附近に至るまでの同人の身体の拘束につき、被告人等五名に対し逮捕罪の共同正犯として訴追していることが明らかである。そこで、

(一)  長谷川義二が電務区区長室より新鉄局西門を経て同局北門に至り、同所に待機していた自動車に乗車し、発車するまでの被告人等五名による長谷川の身体の拘束につき逮捕罪(共同正犯)が成立するかどうか、

(二)  被告人桑原、同清野および長谷川義二が自動車に乗車して右北門から発車後前記昭和橋東詰に至るまでの間、被告人桑原、同清野の長谷川義二に対する逮捕罪(前判示新潟電務区事件中罪となるべき事実)につき被告人相田、同神谷、同阿部もなお共同正犯としての刑事責任を負うべきであるかどうか、

について検討する。

一、長谷川義二が電務区区長室より新鉄局西門を経て同局北門に至り、同所に待機していた自動車に乗車し発車するまでの被告人等五名の右長谷川助役に対する所為につき逮捕罪の共同正犯が成立するかどうかについて。

前掲各証拠によればこの点について次の事実が認められる。

1 前判示のごとく本件当日午前九時過頃電務区区長室で、被告人相田と山田区長代理間でビラの返還について押問答となり、同日午前一〇時四〇分頃被告人相田の「返さなければ泥棒の現行犯だから警察に連れてゆけ」という指示に基き被告人桑原が長谷川義二の左腕をひつぱり、被告人清野、同阿部外多数の国労組合員が長谷川をとりかこむ様にして室外に連れ出し、右被告人等は長谷川と共に廊下を通り、階段を下り、そこで靴をはいたが、その際長谷川は便意を催し、被告人桑原に「大便に行くから手を離せ」といつて、そこから独りで電務区入口の便所に入つたので、被告人桑原は他数名の組合員と共に便所入口附近で長谷川が出て来るのを待つていたこと。一方被告人神谷は、これより先同日午前九時半前後頃長谷川が電務区々長室より連れ出される以前に被告人相田の指示により組合員数名と共に、果して山田区長代理が回答したようにビラを剥いだのが局長の命令によるものであるかどうか確認するため局長室に行つたが、局長も総務部長も新潟県村上市瀬波で開催の現場長会議に出席していて留守であつたので、ついで労働課に赴き、西村労働課長に対し、ビラの返還を要求し、その後公安課に赴いて公安官の組合員に対する行動は弾圧的であると云つて抗議した後、長谷川が前記のように便所に入つた頃、同所附近に戻り他の被告人等と合流したこと。そのころ菅野労働課長補佐の要請により佐藤公安課首席は約二〇名の公安官を出動させて同所附近に到つたこと。

2 同日午前一一時頃長谷川が便所から出て来ると、被告人桑原、同阿部が左右からその腕をとり、被告人清野外国労の組合員等と共に便所の裏側を通つて新鉄局西門から構外に出て同局ボイラー室前路上に行き、同所で自動車を待ち、その間被告人等は交替で同助役を押えていたこと。一方被告人相田、同神谷等は同所に来た菅野労働課長補佐、佐藤公安課首席等とビラを返還すること、助役を職場に戻すこと等について交渉を続けていたこと。同日午前一一時二〇分頃東新タクシー運転手佐藤勤の運転する中型自動車が西門前に到着したが、長谷川は乗車を拒否したため乗車させることができなかつたこと。

3 同日午後零時頃になつて被告人阿部が「こんながやがやしているところにいないで向うへ行こう」といつて、被告人桑原、同阿部等が長谷川のバンドをつかみ、被告人清野ほか国労組合員一〇数名と共に新鉄局西側道路を北上し、同局北門附近まで長谷川を連行し、午後零時一〇分頃同所に前記佐藤勤の運転する自動車が到着したので、被告人阿部が「疲れたんじやないか。自動車に乗つて休んだらどうか」といい、長谷川は一旦断つたが、被告人桑原、同阿部は他の組合員達と一緒に、長谷川を自動車に乗車させたのち、被告人桑原はその長谷川の左側に乗車し、次いで被告人清野が長谷川の右側に乗車したこと。その頃は尚前記西門附近で被告人相田、同神谷と前記菅野、石井、及びその頃右菅野の連絡により同所にかけつけた西村労働課長との間にビラの返還についての交渉がつづけられていたこと。その頃西村労働課長が瀬波にいる局長に電話した結果、局長の指示は「ビラと長谷川助役の交換は許さない。実力で奪還せよ」という強硬な趣旨のものであつたため、その指令をうけた同課長は被告人神谷に「だめだ、だめだ」と伝え、右交渉は決裂したこと、

が認められる。以上の事実によれば、被告人等五名の長谷川義二に対する右所為は全体的にみて逮捕罪の構成要件に該当し、従つて形式的に違法性の存在を推認させるものである。ところで行為の違法性とは単に形式的にではなく実質的に全体としての社会秩序に反することを意味するのであるから、その行為が形式的に犯罪構成要件に該当する行為であつても、社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし、なおその行為が実質的に社会秩序の精神に反するかどうか評価すべきであり、その行為が健全な社会の通念に照らしてみて、(一)その動機目的において正当であり、(二)そのための手段、方法、程度において相当であることを必要とし、その行為に出ること自体がその際における情況に照らし緊急やむを得ないものであり他にこれに代るべき手段、方法を見出すことが不可能もしくは著しく困難であると認められると共に、(三)その内容においても行為により保護しようとする法益と行為の結果侵害さるべき法益とを対比して均衡を失わない等相当と認められ、行為全体として右法秩序の理念から是認できるならば、たとえ緊急避難、正当防衛、自救行為等違法性阻却に関する実定法上の要件を充たさない場合であつても、なお超法規的に行為の形式的違法性推定機能の作用を阻止し、犯罪の成立を阻却するものと解すべきであると一般に説かれており、当裁判所も原則としてその妥当性を肯認するものであるが、更にその要件についてはより詳細な検討が必要なのであつて、右第二の要件であるところの行為に出ること自体の緊急性については、すべての行為につき要請されるものではなく、その行為に出ること自体が、その目的達成のため社会生活上予想されると異なる行為に出た場合にのみその要件が必要なものと解すべきであると考える。けだし、その行為自体が社会生活上異常なものでないとすれば、緊急性など論ずるまでもないからである。そしてその際、問題となる行為の具体的情況の一切が右実質的違法性阻却事由の有無の判断に微妙かつ重要な影響を及ぼすことが明らかである。そこで次に右要件の存否について検討を加えることとする。

(一) 動機、目的の正当性の有無について

前認定のような経緯のもとにおいて、組合側はビラの返還をもとめ、将来予想される同種の侵害を防止するために当局側と交渉しようとしたが局側がそれを拒否し、その効果を期待できないうえ、組合との間に泥棒ではないかとの議論が出て対立が一層険悪化するに至つたことから、それ以上交渉を続けることの無意味であること即ち交渉の限界を知り、遂に警察の力により同助役の行為の原因を追及し、ビラの返還を求め、更に将来予想される同種の侵害を防止する等労使間の紛争の解決を捜査官の手により速かに実現するために、同人を警察に連れてゆこうと考えたことは前掲各証拠中、被告人五名の当公判廷における供述(長谷川義二に対する逮捕行為は否認しているが)に、特に本件の被害者である証人長谷川義二の第六回、第七回公判調書中の供述記載(記録三一七丁裏、四九三丁)、当時の電務区助役であつた証人丸山文一の第八回公判調書中の供述記載(記録六〇一丁裏)、同じく助役であつた証人岩崎三代司の第九回公判調書中の供述記載(記録七三八丁、七四〇丁裏、七四五丁裏、七五三丁裏)、当時新鉄局労働課勤務職員であつた証人石井忠の第一二回公判調書中の供述記載(記録九二七丁)、当時の公安首席であつた証人佐藤幸男の第一四回公判調書中の供述記載(記録一〇七九丁裏)等を総合して判断し、これを認めることができるのであつて、右の認定を左右するに足りる証拠を見出すことができない(長谷川の乗車した自動車が労働会館に向けて発車した事実も右認定を左右するに足りないこと後段説示のとおりである)。とすれば被告人等五名の前記所為は目的、動機において正当であるといわねばならない。もつとも被害者長谷川義二の供述によれば「もし連れて行かれたような場合には組合員だけの処に連れていかれ、何をされるか、どんな危害を加えられるかわからないという心配があつた」旨供述しているのであるが(記録三六三丁)、長谷川の主観的認識の点ではかかる危惧の念があつたにせよ、これは被告人等の前記のごとき目的ないし意図に対する誤解という外なく、目的の正当性についての判断を左右するものではないこというまでもない。

(二) 手段、方法、程度の社会的相当性の有無について

前説示のごとき行為の実質的違法性阻却の基準によれば、(1)先ず当該行為にでること自体の必要性、即ち手段、方法自体の情況上の相当性、(2)手段、方法の内容、程度の相当性について検討を要する。

(1) 当該行為にでること自体の必要性(手段、方法自体の情況上の相当性、緊急性)について。―或る目的を達成するために構成要件に該当する行為にでた場合、先ず問題の行為にでること自体が、その際における情況に照らし、緊急を要する已むを得ないものであり、他にこれに代る手段、方法を見出すことが不可能か、もしくは著るしく困難であることが必要とされるのであるが、前記の通りこのいわゆる緊急性の要件は、通常の社会生活上、その達成しようとした目的との関連において、一般に予想されると異つた行為形式をとつた場合にのみ必要とされるのであつて、通常予想される行為形式である以上、その行為の実質的違法性の有無は、当該行為の内容もしくは程度について検討すれば足りるのであつて、特にその行為にでること自体の情況上の必要性ないし緊急性の有無を問題とする必要はないと考える(特に本件逮捕罪のごとく構成要件が広く身体の自由拘束を伴なう一切の所為を含んでいる場合は容易に右の結論を肯認し得る。)。そこで本件についてこの点を検討すると、前記のごとく局側が組合の掲示板からビラを剥ぎとつてこれを返還しないことについての労使間の紛争が、組合側から、右局側の行為は泥棒ではないかとの議論がでて一層険悪化したことが認められるのであるところ、日常社会生活において犯罪の成否が問題となつた場合(その議論の当否は別として)、いわゆる警察で話をつけようということで、紛争の相手方をその場から直ちに警察署に「同行」(この行為形式には、その程度は別として、行動の自由の拘束を伴なうこともあり得る)し、その紛争の解決を捜査官の手にゆだねることは通常予想し得る行為形式であると考えられ、まして次のような行為の具体的情況を検討すれば、本件所為は社会生活上決して異常なものではない。従つてその行為に出ることの情況上の必要性ないし緊急性の要件は不必要であると言わなければならない。

(イ) 本件行為の直接的契機となつた局側のビラ剥ぎ取りに対する被告人等の抗議は正当であること

被告人等の本件所為が、新鉄局側のビラ剥ぎ取りに対する国労新潟地本の抗議という集団的労働関係に関連して生じたものであることは前示の通りであるが、問題のビラを検討すると、その内容は一方的記事であり、文言にやや妥当をかくきらいがないわけでなく、検察官ならびに局側としても、当公判廷において、これを剥ぎ取つた根拠についての弁明(昭和二七年五月九日付国鉄副総裁の依命通達、更にこれに基く局長通達)をしている。ところでその通達の更に根拠となるものは、いわゆる庁舎の管理権であろうと思われる。組合掲示板といえどもその庁舎内における治外法権的地位を獲得するものではなく、その管理権の下にあることは当然であるが、その管理権は労働三権との関係において極度に制約をうけるものであつて、合理的かつ明確な基準を設けた場合ならばともかくとして、組合掲示物の内容につき一般的事前許可を受けさせることは、右労働組合の行為に対する介入を招来するおそれがあり、許されないものと解しなければならず(当該組合の同意があれば勿論別である)、その掲示により庁舎内の安全に対し、明白かつさし迫つた危険が生ずるのを防止するなど純粋の管理権行使以外は、単に管理者側の意向に反するという理由のみで、組合掲示物を撤去する行為は勿論許されないと言わなければならない。しかるに検察官主張の右通達は、全く一般的事前許可を内容とするものであり、かかる通達を組合との協議にもよらず一方的に出したとしても、当該組合の承諾がない限り、その組合に対して拘束力を生ずるものではない。ましてその通達に基き、組合掲示物を剥奪することは許されないといわなければならない。しかも本件ビラの撤去は右通達によつてなされたものとも認められず、単なる局長等の指示によつたものとしか認められないことは、電務区長室での交渉の経過に関する各証人の供述から明らかなのである。そして右通達が出された後、本件ビラの撤去前には掲示についての制限があつたと認められないし、本件ビラ以上に当局側を攻撃した内容の掲示物の撤去すらなかつたように慣行上、それまで局側による組合掲示物に対する制限はなかつたと認められるのである。本件ビラはなるほどその内容において一方的なものがあり、誤解を生ずる危険を含んでいるもので、必らずしも適当とは言い難いけれども、組合が右ビラを掲示するに至つたのは、前判示のごとき電務区長と分会書記長との殴り合い事件に基因するのであつて、理由はともあれ新鉄局電務区長の要職にあり、相当の良識を期待されてしかるべき地位にある者が、職場で些細な感情のゆきちがいから、部下と殴り合いをするがごときことは、極めて不祥なできごとと言うべきであつて、かかる異常な不祥事件発生直後としては、前記程度の内容のビラの掲示は特に後段説示のような労使間の対立拮抗の激化していた当時にあつては、局側としても当然予想されるべきことであつて、もし右ビラの掲示が業務の運営上支障を来たす等の理由がある場合には、一応組合側に対して理由を付してまずその撤去を求める等の処置を講ずべきであるのに、上述のように本件掲示物を撤去する何等合理的理由がないのに、従来の慣行を無視して、組合に対し無警告かつ一方的に実力で右ビラを剥ぎ取るがごとき行為に出たことは、明らかに組合活動に対する介入行為であり、徒らに組合とのあつれきを激化するにすぎないこともまた明らかであつて、この点について、組合側が直ちに抗議し、そのビラの返還を求め、将来予想される同種の侵害を防止するために交渉しようとした態度は正当なものであり、その際組合側において、右剥ぎとつたビラを局側が返還しない(右ビラを再び貼らなければ返還してもよい旨局側が言明したことは記録上窺われるが、返還を求められているビラを再び貼らなければ返すということは、その後において貼る以上返さないという言明にほかならない)行為をもつて、組合所有物に対する窃盗行為であると難詰することも、ビラ一枚といえどもこれに対する局側の組合活動に対する明示の侵害行為を問題とする以上、あながち牽強附会な難癖と断ずることができないことが明らかである。

(ロ) 新鉄局側に不当労働行為と疑われるような多くの行為があつたこと

新潟地本において昭和三二年七月斗争後、組織内部に動揺を生じ、組合分裂を惹起したことは前判示のとおりであるが、それについては新鉄局側による第二組合の育成と疑われる幾多の行為があつたこと、第一組合の組合員と第二組合の組合員との間に昇給昇格その他につき差別待遇をしていたと疑われる行為があつたこと、国労のいわゆるオルグにつき休憩時間中でも職場内への立入りを拒否したり(業務を阻害するという理由で)、今迄の慣行を無視して組合の集会場の貸与を断つたり、更には助役が新地労の掲示板をつくつてやつたり、助役が同組合への加入を勧誘したりするなど支配介入と疑われる行為が認められること、については、証人島田忠雄、同西正(同人のいう西吉田駅事件は当時の新聞紙上にも詳細掲載された)、同和澄吉男、同坂口末松(もつとも同証人は肝腎な個所に至ると、しばしば記憶ないと答えている)、更に同清野清美、同高崎今朝五郎、同立石梅吉、同小杉義視の各供述および証人中村満夫が自から新潟地本の執行委員として調査したという昭和三三年一二月一三日附の公共企業体等労働委員会長宛不当労働行為申立書(本件記録三八七一丁以下)および局長河村勝の「新潟地本をつぶしたいというのはなるほど私の持論である……」などという新聞談話(昭和三三年九月三〇日付新潟日報)などを総合し、更に不当労働行為についての証明の困難であることを考慮して認める。もとより当裁判所は不当労働行為の存否の確定が目的ではないのだから、証拠調も必要の限度にとどめてあるが、少くとも以上の各資料を総合すれば、本件当時およびそれ以前から、新鉄局側に右不当労働行為と疑われるような行為が存在していたことは肯認せざるを得ないのである。使用者側は対立関係にある労働組合側に対して常に慎重な態度で接することが要請され、いやしくも不当労働行為と疑われるような行動のないように自らを正すべきものなのであつて、右各行為は誠に穏当さを欠くものであつて、新潟地本側を強く刺激していたことは当然である。

(ハ) 労働関係の場に公安官の使用が比較的安易になされていたこと

前判示のごとく国労役員が組合員との接触を求めるなどの目的で職場に行つた際に、公安官を使用し実力で場外に排除していたことが認められ、それが前記局長の指示に基いていたことが明かである。鉄道公安職員の職務については、鉄道公安職員の職務に関する法律に基く司法警察職務と国鉄総裁通達である鉄道公安職員基本規定三条(更には一七条)に基く公社の業務と考えられる職務の二つがあり、証人佐藤幸男が証言するように(証言自体必らずしも明確ではないが)右のような実力阻止は後者の範囲に入る場合が多いと思われる。然しながら、公社の業務たる職務について警棒、捕じようなどの携行を許すこと、更にそれを行使する基準を通達で定めることが妥当か否かは別として、右法律と共にそれが肯認されているゆえんは、鉄道輸送の特殊性に求められるのであつて、警察官職務執行法程度の規制も見当らない法制下では、それの行使は慎重であることを要し、労働組合の活動への介入にならないように考慮し、少くとも「公安職員の私兵化」など非難されることがないような配慮を必要とする。ところが新鉄局では前記各証拠から、少くともそれの行使につき、充分な配慮がなされたとは認め難く(それは本件新津電修場関係に極めて顕著である)かくては労使間の対立が一層険悪化してゆくことは必至であつたと認められるのである。

(ニ) 団交拒否に伴う紛争処理の配慮が充分でなかつたこと

本件当時新鉄局側において新潟地本との団交を全面的に拒否していたこと、そしてそれが局と地本間のあつれきを激化させていた最も大きい原因の一つであつたこと、局が団交に応じなかつたのは国鉄本社からの公労法四条三項を理由とする通達にもとづいていたことは、前判示のとおりであるが、検察官は同法にいう職員の組合とは国鉄職員のみで結成する組合を指称すると解するほかなく、同法は職員の組合との団体交渉を通じて公共企業体の正常な運営を最大限に確保しようとすることがうかがわれるのであるから、職員以外の者が加入できるものであり、かつ現実に相当数の非職員が加入してもなお公労法上の職員の組合であると言えるならば、立法者が公労法四条三項を設けた趣旨は無きに等しくなるとして、それに準拠した国鉄側の団交拒否は妥当な行為であると主張している。そこで公労法制定の趣旨をそのように解すべきこと、および同法四条三項を右のように解さなければ同条の存在理由がないこと、いずれもその通りであるが、同条項をそのように職員以外の者の組合加入の自由やその役員選出の自由を制限している規定と解さざるを得ないことが示すように、公労法四条三項は労働者が自由にそして自主的に団結するいわゆる団結権を保障した憲法二八条につき制約を加えたものであることは明らかである。そのため、当時同条項の存在そのものにつき、労働基本権が憲法一二条、一三条の公共の福祉によつて制限を仮にうけるとしても、組合員または組合役員にいかなる者をあてるかということは、労働者たる組合員が全く自由に自主的に決定し得ることであつて、近代労働組合主義からすれば当然であるところのこの団結権の本質的部分まで制限しなければ公共の福祉に反するということは、公共企業体等の社会的特質性である社会性、公益性、独占性を充分考慮しても、なおその根拠の合理性を肯定することが困難である、として、結局公労法四条三項は憲法二八条に違反するという多くの反対意見があり、前記のように当時国労は強く反対して当局と鋭く対立した情況にあつたのだから、右の両見解の是非は別として、同条項を根拠に団交を拒否する立場をとるならば、当然それに随伴して、国労本部更には地本と局との間に労使関係の不正常化が生じ、対立、紛争が惹起され、むしろ公労法の前記目的を阻害するに至るおそれが充分に予想されるのであるから、その労使関係の不正常化から生ずる事態の解決につき特段の配慮をなすのみならず、同条項を適用しなければ、前記公社の業務に明らかに支障が生ずるおそれがある場合にはじめてそれを行うなど、慎重さが要求されることは当然であつたのに、国鉄本社はもとより、新鉄局にもそのような配慮をなされたことをうかがい得ないのである。

更に、前記のいわゆる藤林あつせん案につき、その内容自体の是非は別として、労使双方で受諾後、それが国労本部のみを拘束するものか、その下部組織をも拘束するものなのか解釈上両者間に争いがあつたことは前記のとおり証拠上推認される(証人西正、同中村満夫、被告人相田)。この点につき、検察官主張のように確かに国労は全国的規模をもつ単一組合であるが、証人石井忠の供述するように、あつせん案の文言中には中央執行委員の文言はあるが、地本のことが書いてなく、当時の労使双方の関係からはかかる解釈上の対立は充分理由のあることであり、このような場合、公労法に労働関係調整法上の調停のような制度が規定してないとしても公労委のあつせん委員会に「解釈または履行」につき見解を求めるとか、その他これを明確にするための積極的な努力を尽す等、紛争解決のための努力をしたのち局側において拒否通告を発する措置がとられれば、紛糾するとしても最少限にくい止め得たと思われるのであつて、その点慎重さを欠いたきらいがあつたと認められる。

被告人等五名の本件所為は、このように労使間における極めて険悪な対立状態のもとに行われたものであるが、その労使関係の不正常化の原因が右のように多分に新鉄局側に存することが明らかなのであつて、かくては労使間の対立が険悪かつ尖鋭化することは必至というべく、組合側にも責めるべき点が多々あるにせよ、新鉄局側の右のごとき拙劣な労働行政ないし労務管理が、労使関係の緊迫化を生ぜしめた重要な原因となつたことは疑いを容れない。以上の次第で被告人等の本件逮捕行為は行為形式の点で前認定の目的を達成するために特に異常なものとはいい難いから、その行為にでたこと自体の情況上の必要性(緊急性)を特に問題とせずに結局右目的達成のための手段、方法としての逮捕(身体的自由の拘束)の「程度、態様」の社会的相当性の判断をすれば足りることになる。

(2) 手段、方法の程度上の社会的相当性の有無―およそ逮捕罪は人の身体的行動の自由を侵害する罪であり、その方法は緊縛等物理的方法によると、その他心理的方法によることを問わないのであるから、その内容、程度を問題とすることなく、多少の時間的継続を伴う身体の拘束が認められる限り、すべて逮捕罪の構成要件を充足するといわざるを得ない。ところで、本件で問題となる被告人等五名の長谷川義二に対する身体の拘束行為の内容は前判示のごとく、電務区長室より新鉄局西門を経て同局北門に至る間(その間約一〇分位は長谷川が用便のため身体の直接的拘束を解かれたこともあつたが)約一時間半にわたり、被告人の桑原、同清野、同阿部等において、同時または交互に長谷川の腕をとらえ、あるいはズボンのバンドをつかむ等その周辺を一〇数名の国労組合員が警戒し、同人の行動の自由を拘束したもので、右の事実だけを見るとその行為の内容、程度は一見常軌を逸した異常な行動のように見えないわけではないが、被告人等の所為がすでに前記(1)に見たような行為の具体的情況下でなされたものであり、身体の直接的拘束には通常或程度の有形力の行使を伴うものであることを考慮すれば、本件においては右のように腕やバンドをつかんでいたことは認められるとしても、捕縛するとかその他同人を警察に同行するに必要とする程度を超えた強度の拘束(暴力的拘束)を加えたものといゝ難く(もし不相当の拘束があれば、証人佐藤幸男供述のように、最悪の場合は実力で奪還しようとして終始その周囲にいた公安官から奪還されたであろうことは明かである)、多数の組合員が周囲より集団の威力を加えていたという点についても、前判示のごとく長谷川の近辺には同時に二〇名余りの公安官も出動して警戒に当つたことから考えると右集団の威力もさほど強大なものであつたとはいえないし、また拘束の時間が一時間半にわたつた点についても、前判示のとおり、その間被告人相田、同神谷等において当局側との間に話し合いによる解決のための交渉が行われていたためであることを考えると、けだしやむを得なかったことと考えられるから被告人等の右所為の程度、態様は社会的に不相当ということはできない。

(三) 行為により保護しようとする法益と行為の結果侵害される法益との対比

前判示の通り被告人等により長谷川に対し加えられた身体の自由拘束は具体的侵害ともいうべきであり、もとより決して無視しえないものであるが、組合側が直接に同人から受けたビラ剥奪による組合活動の自由に対する侵害行為は右に対比して抽象的な侵害と言い得るとしても特に電話自動化につき労使が対立している情況下で、団交を全く拒否されている国労にとつて、組合員への伝達手段であるとともに、当局側に対する有力な意思表示の場である掲示板のビラを右のように一方的に剥奪するということは重大な侵害を受けたものと認められ、更に将来同様な侵害のくり返される危険が存在するのであつて、右のような身体の自由の拘束と組合側がかゝる行為によつて究極的に意図する組合活動の自由、労使対等の地位の確保を比較衡量すると法益の均衡を失うものとも断じ難い。

以上の次第で、長谷川義二が電務区長室から新鉄局西門を経て同局北門に至り、同所に待機していた自動車に乗車し発車するまでの被告人等五名の右長谷川に対する身体の自由を拘束した所為は逮捕罪の構成要件には該当するが、前記実質的違法性判断の基準に照らし検討した結果、その目的において正当であり、そのための手段、方法、程度においても社会的に正当であり、特に法的の均衡を失うとは断じ難く、実質的に全体としての法律秩序の精神から是認できる行為と認められるから、その限度において被告人等の本件右所為は刑法三五条による正当な行為として行為の実質的違法性を阻却し犯罪は成立しないと言わねばならない。

ところで前記の通り被告人等の長谷川義二に対する前記電務区長室から新鉄局北門における自動車への乗車までの身体的拘束と、同所から自動車発車後昭和橋々詰までの被告人桑原、同清野による身体的拘束とは一連(一個)の逮捕行為というべきであるから、前者につき共謀が成立する以上後者についても同様共謀が成立する関係にあることが明らかである。ところで、右一連の所為中長谷川義二が自動車に乗車して新鉄局北門から前記昭和橋東橋詰に至るまでの間の被告人桑原、同清野の長谷川に対する所為が逮捕罪の構成要件に該当するのみでなく、目的(警察署以外の労働会館に連行する目的)の点で正当でなくそのための手段、方法の程度(必要以上高度の身体的自由の拘束)としても社会的に不相当であつて行為の実質的違法性を帯有し逮捕罪の共同正犯が成立することは罪となるべき事実に判示したとおりであるから、このように一連の逮捕罪が認められる場合には、違法性有無の判断は全部に亘つて不可分的になすべきであり、そのうちの一部分にでも違法性が認められるならば、その全体が違法性を有するに至るのではないかとも考えられる。そこで逮捕罪の性質と違法性阻却事由との関連性を検討するに、逮捕罪の性質について継続犯であると解することに異論はなく多少の時間的継続をその概念中に包含することが明かである。従つて、この犯罪は法益侵害状態が継続する間、時刻の推移と共に刻々に成立していくと認められ、この考察は分割的になすべきではなく、その終了の段階で包括的全体的に考察しその全体をもつて一個の罪として構成すべきであることもまた明らかである。ところで、行為の違法性は前記のように実質的に判断されるべきであるから、右のように一定の時間的継続性を有し一連の構成要件該当行為があるとき、それにつき犯罪の成立を肯定するためには、そのすべてにつき、その実質的違法阻却事由の不存在が明らかとなることを必要とし、もしその一部分につき違法性の存在が認められないか、もしくは違法性阻却事由が存在すると認められるならば、その部分については犯罪の成立を肯定することができないのであつて、それを除いた他の部分にのみ犯罪が成立するにすぎないことも当然である。従つて、一個の逮捕罪中、一部分につき違法性を肯認し、その他の部分に違法性なしということも当然あり得る訳である。してみれば、被告人等五名の長谷川義二に対する前記のごとき一連の身体拘束の所為は一個の逮捕罪の構成要件に該当するのであるが、被告人桑原、同清野については、前記北門から自動車に乗り発車後の所為が違法性を具有するとしても、それ以前の電務区長室から北門にいたり同所において自動車を発車させるまでの所為は、前記の通り実質的違法性阻却の事由が肯認できるのであるから、その部分の所為につき違法性を認め得ないことは当然であり、同様に被告人相田、同神谷、同阿部についても、違法性なしと言うべきこともまた当然と言わねばならない。従つて、電務区長室から西門を経て北門で自動車に乗り同所から発車するまでの間の被告人等五名の右所為についてはいかなる角度から考えても行為の実質的違法性を阻却し、犯罪は成立しないといわねばならない。

二、被告人相田、同神谷、同阿部が、被告人桑原、同清野両名の長谷川義二に対する判示逮捕罪(新潟電務区事件中罪となるべき事実)につき共同正犯としての刑事責任を負うべきであるかどうかについて、

被告人等五名につき、本件電務区長室から西門を経て、北門で自動車に乗り発車するまでの長谷川に対する身体的拘束と、自動車発車後昭和橋々詰に至るまでの長谷川に対する身体的拘束が一連の行為で一個の構成要件該当行為となること、従つて前者の部分に共謀があれば、後者の部分についても同様共謀が成立する関係に立つから、被告人相田、同神谷、同阿部についても後者につき一応構成要件に該当する行為(身体の自由の拘束、即逮捕)につき共謀があつたというべきであること、そして前者につき実質的違法性が阻却されるが、後者については被告人桑原、同清野の所為が違法であり罪となるべきこと、それぞれ前判示の通りであるが、被告人相田、同神谷、同阿部につき、本件に関し共謀が成立するからと言つて、直ちに後者の部分即ち北門からの自動車発車後の長谷川に対する逮捕(身体の拘束)につき共同正犯としての刑事責任を負わねばならないと判断することはできない。何故ならば、後者の逮捕行為が違法な身体の拘束として逮捕罪を成立せしめるゆえんは、特に逮捕の目的が不当であり、程度において不相当であるからであつて、右被告人等三名においてこの点についての認識(目的、程度変更の認識)を欠きそれへの関与が認められず、従つて同人等に実質的違法性が存在すると認められないならば、単に構成要件に該当する行為についての共謀があつたことだけに基いて共同正犯としての罪責を問うことはできないはずだからである。そこで問題は、前判示のように被告人桑原、同清野等において前記北門より長谷川を同乗させて自動車を発車させるに当り、運転手佐藤勤に対し、労働会館に行くよう指示した(逮捕目的の変更)のが、被告人桑原、同清野の二人だけの意思決定によるものか、或は被告人相田、同神谷、同阿部等との共謀に基くものであるかに存するところ、検察官はこの点につき、被告人神谷が歩道上から被告人桑原に「労働会館にやれ」と命令し、同被告人は佐藤勤運転手に「車を出せ」と言つて、発車した旨主張し、その根拠となつていると目される第六回公判調書中証人長谷川義二の供述記載によれば「桑原君と自動車に乗つていると、右側のドアの辺から公安官が私の写真をとつたことから組合員と写真機の奪い合いが始まつたが、そのうちに清野君が右側のドアをあけて入つて来て私の右腕をかかえ込み、桑原君が私の左腕をかかえ込み、自動車の外にいた神谷君が労働会館にやれと桑原君に命令した」という趣旨の記載があるが、記録三七八丁以下、三八〇丁)、右証言中「被告人神谷が桑原に労働会館に行けと命じた」旨の証言は次の理由から当裁判所は措信できない。

(イ) 同証人の供述全体を検討すると、被告人神谷の当日の行動につき明らかに事実に反する供述を行つている部分があり、同証言中被告人神谷に関する部分は信憑性が薄弱である。即ち、同証人は電務区々長室より室外に連れ出される時、被告人神谷も右行為に加担した旨証言しているが(記録三三〇丁裏をはじめとして幾度も供述している)、当時被告人神谷は前判示のとおり、被告人相田の指示により数名の組合員と共に局長室、労働課、公安課を廻つており電務区長室にいなかつたことは第一二回公判調書中証人石井忠、第一四回、第一五回公判調書中証人佐藤幸男、第一九回公判調書中証人和田良三郎の各供述記載、第二六回公判廷における証人西村清一郎の供述により明らかであつて、右長谷川義二の証言は明らかに事実に反するのである。検察官はこの点につき狭い電務区長室より連れ出され大勢の組合員が周囲にいたため記憶が混乱したものである旨主張するが、同様の危惧は北門における前記のごとき被告人神谷の言動についての供述にも考えられるのである。

(ロ) 若し被告人神谷が前記証言のごとく被告人桑原に自動車の外から「労働会館に行け」と命令したとすれば、右自動車の附近にいた局側の職員においても右事実を目撃するか聞知していなければならないのに、発車の際自動車の近辺にいた当時労働課勤務和田良三郎、同公安課勤務公安官加藤昭義はいずれも当法廷において、右長谷川の証言に沿う供述をしておらず(第一九回公判調書中証人和田良三郎、同加藤昭義の供述記載)記録を検討するも右長谷川の証言を裏付けるべき証拠は存しない。

しかして被告人神谷も当公判廷において右事実を極力否認しており、却つて前掲証人高橋敏男、同和田良三郎の当公判廷における供述によれば、前判示のとおり被告人桑原に自動車の発車を指示したのは、当時国労新潟地本総務部長、同地本執行委員高橋敏男であることが認められるのであつて(記録二七二二丁以下、一五〇一丁以下)、被告人桑原、同清野が何れも当時同地本執行委員であつたことを考慮すると、前判示のごとく同被告人等両名において、高橋敏男より自動車を発車させるよう指示されて、局側との話し合いによる解決が終に決裂したことを知つて、互に意を相通じ右長谷川を労働会館に連行しようと意図したものと認める外はないのであつて、(もつともこの点について弁護人は、右被告人両名は運転手佐藤勤に、労働会館を廻つて警察署に行けと命じたのであつて、長谷川を労働会館に連行する意図は全くなかつたと主張し、同被告人等も当公判廷においてその旨弁明しているのであるが、第二〇回公判調書中の証人佐藤勤、同二一回公判調書中の証人斉藤定雄の各供述記載、並びに前判示のとおり同被告人等において自動車発車後「労働会館にはいかない」といつてさわぎ出した長谷川義二を協力して押えつけた事実及び労働会館の所在地が新鉄局より警察署に赴く通常の順路上にない事実(当裁判所に顕著)に照して、右被告人等の弁明は措信できず、他に当裁判所の右認定を左右するに足りる証拠は存しない)、そして被告人相田、同神谷、同阿部等において右の点につき被告人桑原、同清野等と共謀したことは勿論、右意図を察知していたことを認むべき証拠は存しない。

よつて被告人相田、同神谷、同阿部については、長谷川義二に対する本件身体的拘束行為は行為の実質的違法性を阻却する事由が存するか、ないしは行為の実質的違法性を認むべき証拠がないことに帰着するから、刑事訴訟法三三六条により右被告人三名に対し無罪の言渡をする。

(訴訟関係人の事実上および法律上の主張に対する判断)

一、(1) 弁護人は判示新津電修場事件の罪となるべき事実(二)の所為につき、被告人清野は同日の午前九時頃同電修場(国労本部の伊藤執行委員を案内して行つたところ同所入口附近で公安官によつて入場を阻止され場長室に馳け上るなどということは不可能の状態であつた旨主張し、同被告人の当公判廷における供述、証人清野清美、同高崎今朝五郎、同藤塚昭一もそれに沿う供述をしている。しかしながら証人石塚恒男、同奥田利夫の第四一回公判廷における証言によれば同日午前九時過頃七名位の公安官が電修場事務室に出動し同室から藤塚昭一、石山正吾等国労新津支部の執行委員等を実力で室外に排除したことが認められるのであつて、当日午前九時過頃電修場内に外部から立入ることが不可能な状態であつたとは到底認め難く、(これに対し弁護人は、右公安官が出動し右組合員を実力で排除した日は本件以前の同月一二日のできごとであると主張し前記証人藤塚昭一もその旨述べている。然しながら前記証人石塚の供述によれば、右藤塚昭一等を事務室から実力で排除した日が二月一四日であることについては単に記憶にあるというだけではなく当時作成された新潟鉄道公安室新津分室長から新潟鉄道公安室長宛の報告書の記載にもとづいて証言した旨述べているのであつて、高度の信憑性を有するものであるから、右弁護人の主張は採用できない)、却て前掲各関係証拠を総合すれば判示事実は優にこれを認めることができるのである。

(2) 判示新潟電務区事件に関し、被告人阿部につき新鉄局西門附近から同北門附近まで長谷川助役と共に移動し、更に同北門附近道路上で他の組合員と交替で同助役を押え、更に同所で同助役を自動車に乗車させたという事実は、前記証人長谷川義二、同丸山文一、同佐藤幸男、同茅野実の各供述を総合して認定できるが、この点につき弁護人および被告人阿部は同西門から午前一一時三〇分頃、新鉄局敷地内にある新潟地本事務局に帰り以来その外には出なかつたと述べ、証人犬飼和子、同牛木百代および被告人相田のそれに沿う供述がある。然し、右の時間中、被告人阿部から直接身体の自由を拘束されていたと認められる同助役が同被告人がいたことを証言し、更にそれに沿う前記各証言があることから考えれば、同被告人は同西門から構外に出て北門へ同助役とともに移動し、北門附近では他の組合員と交替しながら同助役を拘束し、更に同助役を自動車に乗車させる行為をしたと認定することが自然である。検察官は、弁護人側証人の風間一郎、同高橋敏男が地本事務局に行つているのに、同事務局に同被告人がいたことは記憶なかつたという趣旨の証言があることから、同被告人が終始同事務局にいたとは認められないと主張する。然しながら右風間供述によれば同人は当日体の具合が悪く事務局の畳の部屋に行き寝ていたということであり、また右高橋敏男が右事務局に行つた時間が必らずしも明瞭でなく、かつ同事務局の間取の状態というものが不明であつて、直ちに検察官主張の右結論を導き出すことはできない。また検察官は西門附近(ボイラー室前)から北門附近に長谷川助役が移動する際は被告人桑原、同清野が同助役の腕を押えていたと主張しその根拠として証人和田、同石井、同西村の証言をあげている。然しながら右石井証言中にはかかる供述を見出すことはできず、同西村、同和田証人の供述とても、直接身体の自由を拘束された長谷川助役とそれに沿う前記各証人の供述よりも信用性が大であると特に信ずべき理由がないと思われるので判示事実のとおり認定する。また弁護人が指摘するとおり、同助役の腕を押えていた者に関する当公判廷における各証人の供述は必らずしも一致していないことは明らかであるが、被害者と目される同助役を除いては、証人等は終始それを見ている訳ではなく、目撃が断片的となる結果生じたものと認められるから、特段の事情のない限りこの点に関しては同助役の供述の方が信用性が大きいと認められる。

二、(1) 次に弁護人は判示新潟電務区事件につき、逮捕罪における逮捕行為は行動の自由を剥奪するに足りる程度のものを必要とし、かつそれが時間的に継続することを必要とするところ、本件被告人等が仮に長谷川の両腕をつかむ等の行為をしたとしても、それは人の自由を剥奪する程度に達していなかつたものであつて、その程度に達していた点とその拘束が継続したという点の証明がない本件では逮捕罪の構成要件該当ありということができない、という趣旨の陳述をする。

逮捕罪における逮捕行為は行動の自由を拘束するに足りる程度のものを必要とし、かつそれが時間的に多少継続するという観念を含んでいることは、弁護人主張のとおりであるが、前示の各証拠によつて認定した判示事実のとおり同判示時間にわたつて被告人等は長谷川義二の身体を直接に拘束し、(同便所内の長谷川に対しても、その入口で監視していたことが明かである)行動の自由を制限したのは明らかであつて、全体的に見て該行為が刑法二二〇条一項の構成要件に該当することが明らかであるから、弁護人の右主張は理由がない。

更に弁護人は当時長谷川義二は被告人等と共に警察に出頭する意思を持つていたのだから、同人に対して被告人等はその自由を剥奪するに足りる程の拘束を加える必要がなかつた旨主張するが、かかる意思が存在しなかつたことは同人の供述および当時の電務区長代理であつた山田美太郎、労働課長西村清一郎の各供述をはじめ関係各証拠上明瞭であり、更に、直接的身体の拘束があつたことは前認定の通りであつて犯罪構成要件該当性を阻却するものではなく、弁護人のこの点に関する主張も理由がない。

(2) 弁護人は被告人等が長谷川義二の「両腕を左右からつかむ」等の行為をなしそれが身体の拘束になるとしてもその拘束をすることにつき同人が当時それを承諾していたと主張する。しかしながら長谷川義二が被告人等に対して明示的には勿論黙示的にも弁護人の主張するごとき承諾を与えていたとは認められないこと、前掲各証拠上明らかである。

弁護人は、また、被告人等が当時長谷川義二の承諾の存在を予想し承諾ありと信じこんで本件行為に出たものだから犯意がないと主張する。然しながらこの点についても前判示のごとき前後の経緯状況より見れば被告人等がかかる誤信をしたとは到底認めることはできないから弁護人の右主張も理由がない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 中西孝 石橋浩二 渋川満)

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